”依存の冒険家” ようだつかさのブログ

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ギャンブル依存のキロク 〜依存の自分史 第7夜〜

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●前回までのふりかえり

こんにちは、用田です。

いつも依存の自分史をお読みいただき

ありがとうございます。

前回は第6夜、大学四年生の頃のお話をしました。

勝てるようになったら

パチスロがますます面白くなり

さらにハマっていきます。

依存度ましまし。

大学は授業の単位を挽回し、

なんとか無事卒業できました。

今回より社会人編に突入します。

社会人1年目のぼくは、どんな生活をしていたのでしょうか?

●大学卒業後の進路

大学を卒業する直前に

長期で働いた居酒屋を辞めました。

長くいっしょに働いていたスタッフが

辞めていったこと

そのほかにも職場環境が変わり

そろそろ潮時かと思いました。

大学を卒業したらどうしよう?

とくに決まっていませんでした。

いま振り返ると深刻に考えすぎていたのかもしれません。

その時点でやりたい仕事、ではなく

「人生をかけてやりたい仕事」を

探していました。

もっと気楽に選べた

そんな気がします。

ぼくの父は根っからの技術屋で、

システムエンジニアの仕事を

昔からずっとつづけていました。

その父の背中を見てきた影響も

あるのかもしれません。

ひとまず何か仕事はしよう、と

パラパラ求人情報誌をめくっていると

障害者の作業所での仕事がありました。

とくに介護や介助の経験はありませんが、

ピンときたので応募したら受かりました。

●生活

障害者の作業所での仕事は週に3、4日。

それ以外の日は、もっぱらパチスロざんまい。笑

駅チカだけがメリットの、

風呂なしエアコンなし給湯器なしの

築40年以上たったボロアパートにひとり暮らし。

仕事が休みの日はほとんど家におらず、

パチンコ屋に入り浸り。

夜に帰宅し、

近くの銭湯で汗を流し、

寝床につく日々。

それなりに楽しくすごしていました。

●障害者の作業所で仕事

作業所とは、

“障害者の人たちが働く仕事場”のことです。

主にアスパックという緩衝材を

袋詰めにする仕事です。

障害者の人たちは、

年齢がぼくと同じか少し上くらい。

知的障害の人、身体障害の人

重度の人、軽度の人

いろんな人たちがいて

多様性に富んだ職場でした。

話すと同年代のぼくらと同じ。

好きな子がいて、ハマっているものがあって

体や心にハンデはあるけど

それ以外は健常者と変わりません。

そうか。

普通の人なんだ。

むしろぼくよりもピュアで

思うままに生きていました。

彼らを支える家族や職員さんたち

お手伝いしてくれるボランティアさんたち

たくさんの人たちの関わりを間近でみて、

愛を感じ癒されました。

鴨川シーワールド、ディズニーランド

ホテル三日月、インターコンチネンタルホテル横浜

みんなと一緒にいろいろなところに行き、

普段行けないような場所や

心あたたまるサービスを受けました。

お金をもらい仕事をしながら、

特別な時間をすごさせてもらいました。

貴重なひとときだったと思います。

●バイクの免許を取得

パチスロでためた貯金でバイクの免許を取得しました。

バイクで風を切って走る爽快感、

行動範囲の広がり、

自由度が広がりました。

●打つ台が見つからなかった日は、友達と店周り

これが楽しみの1つで

東京、神奈川近辺の駅という駅は

全て降りたんじゃないかというくらいです。

今日は〇〇線沿線を責めてみよう

とか

以前まわったときに気になるお店があるから

もう一度リサーチしよう

とか

やっていました。

知らない場所に行って

新しいパチンコ屋さんを開拓して

ぶらぶらと散歩して

美味しい食べ物屋さんに入って

ことりっぷ、をたくさんしました。

★依存

●パチスロ

主に悪友と一緒に行動。

始発で電車に飛び乗り

朝の6時くらいからパチンコ屋に

いっしょに並んだり。

結構勝ちやすいお店を見つけたので、

アルバイト代に手をつけなくても

十分生活できました。

パチスロの無い人生なんて

考えられないくらい楽しんでおり

ドップリハマっていたなぁ。

パチンコ屋に行き

パチスロするのがあたり前。

お金があっても、なくても、

あたり前のことと

プログラミングされ、

行かないと不安になったり、

カラダがうずきだす。

ある意味、食事や睡眠と同じくらい

ふつうなことで。

生活の一部になっていました。

当時は自分がギャンブルに依存しているとか

そういう感覚はこれっぽちも持っていなくて。

ただ、負けると気分が落ちて

もうやめようかなぁと何度も思ったり、

勝つと気分が高揚して、楽しいからまた行こう!

と気持ちの抑揚を繰り返していました。

10万円勝ったり

5万円負けたり

それが日々のルーティンとなり、

パチスロから得られる

感情の大波に一喜一憂し、

もはや自分の一部かのように

同化しきっていました。

今思うと、かなりストレスフルな状態だったと思います。

●風俗に通い始めた

気づかぬうちに、

あらたな依存がはじまりました。

風俗通いです。

お金はここに流れました。

20歳の時に彼女と別れて以来、

女性とは縁がなくなり、

風俗に行き始めました。

嫌なことがあったり、

思い通りにならないことがあると

スッキリしに行きました。

人に自分の気持ちを話したり、

想いを打ち明けたり

アウトプットが苦手で

たまったものがはき出せず

肉体関係を持つことで

ストレス解消していました。

●喫煙

カラダに悪いとは思いつつ、

タバコを吸い続けていました。

なんで吸っていたのでしょうか?

とくに理由があるわけでなく…

好んで吸っていたわけでなく…

デメリットだらけ

百害あって一利なしのタバコですが、

タバコが生活の一部になっていました。

ほんと、何で吸っていたのでしょう?

1つ考えられるとしたら、

ストレス解消のため。

タバコは煙を吐き出します。

煙と一緒にストレスも一緒に吐き出せるのかも⁉︎

と思いました。

喫煙者によると、タバコを吸うことで気持ちを切り替えを行なっているようです。

ため息のように煙をプハーっと吐き出すことで

気持ちのリセットをしている⁉︎

ただし、カラダの健康を犠牲にするので、

メリットよりもデメリットが多いように感じますが。。

とまあ、当時のぼくはこんな生活をしていました。

●依存のメカニズムをぼくなりに検証してみる

タバコ、

これも依存が関係していると考えられます。

カッコいいとか

憧れとか

まわりが吸っているからとか

そんな軽い動機から

友達に一本吸わせてもらう。

マズくてむせるし、

頭はクラクラするし、

はじめは何がよいのか

さっぱりわからないのですが、

また人からもらってしまう。

そうこうしているうちに、

カラダが慣れてくる。

人からもらうのもあれだから、と

自分でタバコとライターを買う。

そうして知らぬ間にハマる。

タバコとセックスとパチスロ

対象は違えど本質とプロセスは一緒。

ぼくはそう思います。

依存のきっかけなんて

ささいなもので、

ある意味防ぎようがない。

依存というのは、人の適応における

ひとつの側面かもしれません。

善悪や良し悪しに関係なく、

人は環境や状況に適応しようとする。

適応がすすむと習慣に変わる。

本能的にプログラミング化された行動なら、

依存自体が悪いわけでもない。

じゃあ、依存の対象が悪いのか?

というと、そうとも言えない。

「本人のこころの問題」

と、ぼくは思っています。

今日はここまでにしておきます。

ありがとうございました。

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